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​マリーゴールド|朗読台本・フリー台本

 

バスの窓からふと見した先に、小さなオレンジ色の花が咲いていた。名前も知らないその花を見て、同じクラスのあの子のことを思い浮かべた。窓際の席、前から三番目のその子は、いつも窓の外ばかり見ていた。だから、どんなにその横顔を盗み見たって気付かれやしないのだ。

あの子は自転車通学だから登下校がいっしょになることはないし、四角い教室の中にしか接点はない。面倒くさいホームルームも、退屈な授業も、あの子のことを見つめていられる貴重な時間である。窓際の席、前から四番目。真っ直ぐ黒板を見ている優等生でいればいい。

大きなエンジン音をたててバスが動き出す。揺れる小さなオレンジは、あっという間に見えなくなっていく。明日もあの花は咲いているのだろうか。明日も、あの子に会えるだろうか。

秋が過ぎて冬が来て、呼んでもいないのに春になる。新しい季節、四角い教室の外であの子に会うことはないというのに。

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